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WEDGE Infinity 日本をもっと、考える 2015年03月05日(Thu) 石平
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4770
行き詰まった習近平の「腐敗摘発運動」
2015年2月17日、中国共産党中央委員会の機関紙である人民日報が注目すべき記事を一面トップで掲載した。
「中央指導者が老同志を訪ねる」と題するこの記事は、19日から始まる中国の旧正月を目前に、習近平主席など現役の「中央指導者」らが、既に引退した江沢民や胡錦濤などの元指導者(老同志)を訪ねて新年のご挨拶を行ったという内容である。
★.注目すべきなのは、訪ねられた「老同志」全員の名簿を、人民日報記事が丁寧に掲載して公表した点である。
それは、たとえば2014年の旧正月の対応とは全然違う。
2014年1月29日に同じタイトルと内容の記事が人民日報に掲載されたが、その時、記事が名前を挙げた「老同志」は江沢民と胡錦濤の2名だけで、全員の名簿の発表はなかった。
それでは一体どうして、今年は「老同志」全員の名簿を発表するに至ったのか。
その背後にあるのは、習近平指導部が進めている「腐敗撲滅運動」の変調ではなかろうか。
■次の「トラ」と噂の曽慶紅氏、郭伯雄氏にも挨拶
習近平指導部が「ハエもトラも叩く」という壮絶なスローガンを掲げて強力に進めてきた腐敗撲滅運動の中で、元共産党政治局常務委員の周永康や軍の制服組のトップの徐才厚などの「大物トラ」が次から次へと摘発されたことは周知の通りであるが、実は周永康と徐才厚の失脚後、次に血祭りに上げられる「大物トラ」が一体誰なのか、ずっと関心の的となっていた。
その中で、周永康と同様に「石油閥」出身の元江沢民派大幹部の曽慶紅氏や失脚した徐才厚と並んで軍の制服組のトップに居た郭伯雄氏などの名前が取りざたされていた。
この2人がもっとも危ないのではないかというのは中国国内外でもっぱらな噂となっている。
もちろん、もし2人に対する摘発が現実となれば、その意味するところは、習近平国家主席の江沢民派に対する全面戦争が決定的な段階に入るということである。
だからこそ、つい最近までは、国内外のチャイナ・ウォッチャーたちは固唾をのんでこの2名の行く末を見守っていたところであったが、2月17日に公表された人民日報記事の「老同志」名簿には、この2名を含めた江沢民政権と胡錦濤政権の政治局常務委員・政治局委員の全員(既に失脚した周永康などを除く)があり、「老同志」として習近平など現役指導者に訪ねられて新年挨拶を受けたことが判明された。
だとすれば少なくとも2月17日の時点では、彼ら全員「腐敗摘発」の追及を受けていないことが分かった。
そして、人民日報記事が彼ら「老同志」全員の名簿を公表したのはむしろ、今後、曽慶紅・郭伯雄両氏を含めた彼ら「老同志」全員に「腐敗摘発」の手が及ばないことを暗示しているのではないかと理解できよう。
習近平指導部は、このような形で今後の「大物トラの摘発」に関する巷間の噂の取り消しに躍起になっているわけであるが、その意図するところは当然、党の上層部の疑心暗鬼を解消して
★.江沢民派や胡錦濤派との「和解」をアピールしようとしているのではないか
と思われる。
したがって、習近平指導部の進める腐敗摘発運動は、少なくとも党の上層部の範囲内ではすでに収束を迎えており、
★.今後は「大物トラ」の摘発はもはやない
と見ることもできるのではないかと思う。
■腐敗摘発運動に対する「三つの“誤った議論”」
それでは習近平国家主席は一体どうして、自らの肝入りの「トラを叩く腐敗摘発」を断念するに至ったのだろうか。
その背後には当然、党内で隠然たる力をもつ江沢民派と胡錦濤派の反撃・反発があったのではないかと思う。
特に胡錦濤派の反撃に関しては、昨年12月26日掲載の私の論文(「習近平VS胡錦濤 加熱する権力闘争」)が指摘している通りである。
おそらく、習近平指導部の無鉄砲な腐敗摘発運動の推進に危機感を募らせた
★1.胡錦濤派と江沢民派が連携して逆襲することによって、
習近平氏はこれ以上の「トラ叩き」を断念せざるを得ないところまで追い込まれた
のではないかと推測できる。
習近平国家主席に腐敗摘発運動の無制限な推進を思い止まらせたもう一つの要因は、やはり
★2.中国共産党党内で腐敗摘発運動の展開に対する反対機運が派閥を超えて高まっていることにあろう。
つまり今の
共産党政権内では、指導部の進める腐敗撲滅運動に対し、「もううんざりだ」という気分
が一般的に広がっているのだ、ということである。
実はそれは、同じ人民日報が今年1月13日に掲載した1本のコラムを読めばすぐに分かる。
「反腐敗運動推進のために打ち破るべき三つの“誤った議論”」
と題するこのコラムは、習近平指導部の推進する腐敗運動に対して三つの「誤った議論」が出回っていることを取り上げ、運動推進のためにそれらの「誤った議論」を打ち破るべきだと論じたものであるが、
この文面からは逆に、
今の中国国内(とくに共産党政権内)で
習近平指導部の腐敗撲滅運に対する批判
の声がかなり広がっている現状が窺える
のである。
コラムは「三つの誤った議論」をそれぞれ、
「腐敗摘発やり過ぎ論」、
「腐敗摘発泥塗り論」、
「腐敗摘発無意味論」
と名付けている。
「腐敗摘発やり過ぎ論」とはその名称通り、
「今の腐敗摘発は厳しすぎる。摘発された幹部が多すぎる。
いい加減手を緩めるべきだ」
との意見である。
「腐敗摘発泥塗り論」とは要するに、共産党の大幹部たちの驚くべき
腐敗の実態を暴露した腐敗摘発運動は、逆に共産党の顔に泥を塗ることとなって党のイメージタウンに繋がる
のではないかとの論である。
そして「腐敗摘発無意味論」とは、
「政権内で腐敗は既に徹底的に浸透しているから、いくら摘発してもただの氷山の一角にすぎないので腐敗を根絶することは到底出来ない、だからやっても無意味だ」
という論である。
コラムが挙げたこの「三つの誤った議論」はいずれも、習政権の進める腐敗摘発運動に対する批判的意見であることは明らかであるが、
★.一体誰がこのような批判の声を上げているのか、
コラムでは触れていない。
しかし一般的に言えば、
「腐敗摘発やり過ぎ論」と「腐敗摘発泥塗り論」の二つはやはり、共産党政権内からの批判
ではないかと推測できる。
つまり腐敗摘発運動の中で身の危険を感じたり賄賂が取れなくなったことに不満を募らせたりしている党内の幹部が、「それはやり過ぎではないか」という反発の声を上げている一方、「党の名誉を守る」という大義名分を持ち出して腐敗摘発運動を批判するような動きも始まっていることがこれで分かったのである。
実際、人民日報のコラムもその文中で、「今警戒しなければならないのは、一部の人が“腐敗摘発泥塗り論”をぶち上げて、反腐敗運動の推進を阻止しようとしていることだ」と指摘しているのだが、この「一部の人」は腐敗に染まっている党内の幹部を指しているのだろう。
そして最後の
「腐敗摘発無意味論」はむしろ、民間からの議論ではないか
と思う。
多くの民間人は今の腐敗摘発を見て、
「共産党幹部は皆腐敗しているから、いくら摘発しても終わらないからそもそも無意味ではないか」
と冷めた見方をしていることが推測される。
つまり、習近平指導部が進めている現在の腐敗摘発運動は党内からの反発に遭遇して民間の一部からも冷ややかな目で見られていることが前述の人民日報コラムから窺える。
さらにこういった批判的な声が無視できるほどの少数派意見でないことも、人民日報がわざわざそれを取り上げて批判していることからも分かる。
■「一過性のキャンペーン」と思っていたが……
考えてみれば、それはむしろ当然のことであろう。
今の中国共産党政権内では、腐敗に手を染めないような幹部はほどんと存在せず、幹部集団のほぼ全員と言っても過言ではない人たちが、何らかの形で腐敗・汚職に関わっているのが実状である。
共産党の幹部たちにとって、「腐敗」というのはむしろ幹部としての当然の利権という感覚なのである。
おそらく彼らからすれば、「腐敗してはならない」というのは、「食事をしてはいけない」と同じ意味になるのであろう。
習近平指導部が腐敗摘発運動を開始した当初、共産党幹部の大半はそれが「一過性のキャンペーン」だと割り切って、身を構えて過ぎ去るのをじっと待っていれば良いと考えていたに違いない。
しかしこの一過性のはずの「嵐」がいっこうに去らず、習近平指導部がどこまでも執拗に腐敗摘発を進めていくのであれば、話が違ってくるのだろう。
腐敗撲滅運動が継続していけば、幹部たちは命同然の「腐敗利権」を失うだけでなく、今までこの腐敗利権を貪った分、今後は誰でも摘発される危険にさらされることになるのである。
したがって、いかにして指導部の腐敗摘発運動にブレーキをかけるのかが幹部集団全員にとっての死活問題となる。
★.腐敗摘発運動をどこまでも推進していこうとする習近平主席は、彼ら共産党幹部全員の不倶戴天の「敵」
となっていくのであろう。
そういう意味では、人民日報が取り上げた前述の「三つの誤った議論」が広がったことは、正に習近平指導部に対する幹部集団の反撃の始まりとも理解すべきであろう。
状況がこのまま推移していけば、彼らの反撃はいずれ、口先での「議論」から連帯的な反対行動へと発展していく可能性も十分にあろう。
そしてそのとき、もし習近平氏の政治に不満をもつ江沢民派や胡錦濤派の大物幹部たちが先頭に立ち、幹部集団の「反腐敗摘発運動」の声を吸収してそれを組織的な反対運動へと拡大させていけば、習近平政権の土台を根底から揺るがすような大政変が起きてくる可能性もある。
いや、むしろ党内の幹部たちの大半は心の中ではその日の到来を待ち望んでいるのではないだろうか。
■残されたカードは「反日」か
こうして見ると、今年の旧正月に習近平指導部の面々が「老同志」たちを訪ねた後にその全員の名簿を丁寧に発表したことの真意がよく分かってくる。
要するに、ある程度の政治的影響力を持つ彼ら「老同志」たちを慰撫することよって彼らを安心させ、彼らを基軸にして党内の反対運動が広がることを未然に防ぎたかったわけである。
そしてそのために、彼ら「老同志」たちの今までの腐敗問題を今後一切追及しないとの暗黙の約束を交わしたのかもしれない。
しかしこのような事態は逆に、
★.習近平氏の進めてきた「トラもハエも叩く腐敗摘発運動」が既に行き詰まっている
ことを意味している。
自らの政権を守るために、習氏はやむを得ず、共産党政権内の「老同志」たちと妥協した模様である。
今後、国民に対して自らの「反腐敗」の決意を示し続けていくためには、習近平指導部は当然、★.下っ端や中間の共産党幹部たちを断続的に摘発していく
こととなろうが、
★.「大物トラ」をやっつけるような腐敗摘発はおそらくもうこれ以上やらない
であろう。
そして共産党幹部集団全体に対して、習近平指導部は今後ある程度の妥協も強いられるのであろう。
いずれにしても、過去2年間、習近平指導部の進めてきた鳴り物入りの「腐敗摘発運動」は、その転換点を迎えようとしていることは確実である。
そして
★.「腐敗摘発」という最大の政治看板を半ば降ろしていくこととなると、
習近平政権が今後一体どう動くのかが次の問題
である。
場合によっては、経済の衰退が続く中で腐敗摘発運動もうまくいかなくなると、
★.習近平政権に残された最後の一枚の政治カード
は、すなわち
★.「反日」を唱えて国民の視線を外に向かわせることである
が、日本にとってそれは、まったく不本意な大問題である。
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