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東洋経済オンライン 2015/4/18 06:00 中村 繁夫
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20150418-00066826-toyo-nb
中国の情報統制は「抜け道だらけ」だ
北京支局特派員として、中国全土を取材し当局に拘束されること計21回。
最新刊 『騒乱、混乱、波乱! ありえない中国』(集英社新書) を上梓した小林史憲氏(現テレビ東京 プロデューサー)と、最新刊『中国のエリートは実は日本好きだ!』(東洋経済新報社)の著者で、中国を知り尽くした日本のレアメタル王・中村繁夫氏とが異色の対談。
第1回目は中国の最新メディア事情について、主に小林氏に語ってもらう。
■なぜ小林氏は中国当局に21回も拘束されたのか
【中村】:: 最初に小林さんにお聞きしたいのは、「なぜ、そんなにも多く拘束されるのか」ということです。
テレビ記者の中では小林さんがダントツだと思うのですが。
【小林】:: ダントツかどうかはわかりませんが、総じて言えば、新聞記者よりもテレビ記者のほうが拘束はされやすいと思います。
どうしても映像を押さえる必要があるので、なるべく現場に近づかなければなりませんし、また、ビデオカメラなどの機材は小型化しているとはいえ、撮影していればやはり目立ってしまいます。
新聞記者はメモだけですから、一般人に紛れこみやすいですよね。
【中村】:: 小林さんが中国に赴任される以前には、あまり記者が拘束されるといった話は聞かなかったように思います。昔からテレビ記者の拘束は多かったのでしょうか。
【小林】:: 私の先輩たちの時代は、そもそも中国で外国メディアが取材するということに厳しい制限がありました。
当時の取材と言うと、地方、特に農村地帯に行くためには事前に共産党の許可を取らなければなりませんでした。
そして現場に行くと、共産党が取材対象となる人を周到に準備していて、「さぁ、取材してください」という感じだったんですね。
貧困生活を送っていて政府に不満があるはずの農民が、「共産党のお陰で、幸せに暮らしています」などと言うんです。
共産党側が用意したものを伝えさせられるので、なかなか自由に報道することはできない時代でした。
【中村】:: 日本に伝えられる記事もほとんどが、「人民日報」などが報じたニュースの伝達にすぎなかった。
【小林】:: ええ、その通りです。
現地に駐在する外国の記者は、共産党の機関紙である「人民日報」などの記事の内容から中国共産党がどういうメッセージを発しているのかを読み取るのが主な仕事でした。
ですから、報道というよりは分析に近かったですね。
■中国当局は、国民に真実を知られるのを恐れている
このルールが変わったのが、2008年の北京五輪です。
北京五輪の取材で世界中から多くのメディアが集まったため、当時の温家宝首相が「開かれた中国」をアピールしようと決断したのです。
今後、中国政府が発効する記者証をつけたメディアについては、「中国で自由に取材して良い」ということになりました。
ただし、「取材対象の同意があれば」という条件付きです。
実はこの「取材対象の同意」というのがミソで、当局が外国人記者を拘束する際に、口実としてよく利用します。
中国政府や共産党にとって都合の悪い問題を取材された場合、当局は取材対象に圧力をかけます。
「同意していないのに勝手に取材された」あるいは「外国メディアとは知らなかった」と言わせるのです。
そのひと言で「取材の条件を満たしていない」とされ、外国人記者は拘束され、テープ没収となるわけです。
【中村】:: けれども、それを21回もくり返しているところを見ると、中国政府は、外国メディアに対して、何が何でも「隠そう」「取材させない」という感じではないみたいですね。
【小林】:: そうですね。
海外で報道される分にはある程度仕方がないと、中国政府は考えているのかもしれません。
問題のある現場で外国メディアが取材していれば、とりあえず妨害する。
現場から引き離すために拘束もする。
ただ、それだけです。
同じ記者を現場では何度でも拘束するけど、よほどのことがない限り、記者証を取り上げたりはしない。
しかし、中国国内での報道となると話は別ですよね。
彼らは「中国国民に真実を知られるのはまずい」と考えています。
【中村】:: 海外メディアの報道の自由を押さえ込んで、批判されるよりは、ある程度、自由に取材させたほうが良いという判断ですね。
【小林】:: はい。海外メディアには「開かれた中国」をアピールしたい。
その一方で、中国メディアは完全に共産党のコントロール下に置かれています。
共産党が国内向けに報道されたくない問題は「民主化・人権問題」「民族問題」「格差問題」「環境問題」などです。
■環境は国民が「反政府」で結束するヤバイ問題
これらの中で、いま共産党が一番神経を使っているのが「環境問題」かもしれません。
日本でも報道されていますが、「PM2.5」は深刻な大気汚染を引き起こしています。
また、工場の排水によって河川の汚染も悪化している。
こうした「環境問題」は自分自身や子供の生命に関わることですし、「食の安全」と同様、身近な暮らしの問題ですよね。
ですから、普段、政治的な問題には口を出さないような女性、特に子供を持つ親たちが声を上げて政府を批判することになります。
すると、あっという間に批判勢力の数が膨れあがってしまいます。
民族問題や格差問題では、国民の間でも立場によって意見が分かれますが、環境問題はみな一律に被害者なので、国民が反政府で結束することになりますからね。
【中村】:: 政府批判といえば、日本では人民解放軍の予算増にばかり目が行きがちですが、実は中国では、国内の治安維持にあたる「公安(=警察)」の予算も増え続けていますよね。
【小林】:: はい。その理由は明白です。
人民解放軍は軍隊ですから、基本的には「対外国(用)」ですよね。
つまり、戦争への備え。
一方、公安は「対国内」で、治安維持が主な役割です。
いま、中国の共産党政権にとって、外国と国内のどっちが怖いか、というと間違いなく国内のほうでしょう。
中国は周辺国との間で摩擦を引き起こしていますが、経済的な結びつきも強まっていますから、戦争となるとあまり現実的ではありません。
一方で、国内には多くの問題を抱え、各地で暴動が多発しています。
また、仮に日本と戦争となったとしても相手は1億2000万人ですが、国内で治安維持の対象となる人口は約14億人もいるわけです。
ですから、必然的に公安が大きくならざるを得ない。
デモや暴動などの現場に出てくるのは基本的に公安ですよね。
現場ではよく「武装警察」と呼ばれる武器を所持した部隊を目にしますが、あれは1980年代に人民解放軍から分離した組織です。
国内の治安維持を専門とするために、わざわざ作られた準軍事組織ですね。
【中村】:: 日本には物騒なニュースばかりが伝えられているので、誤解している人も多いかも知れませんが、中国のほとんどの人は「オープン・マインド」。
開けっぴろげで、おおらかで、温かい人が多い。
だから、小林さんを拘束してもすぐに解放してくれる(笑)。
同じ事をロシアで起こせば、すぐには出られない。
それどころか、生命の危機につながりかねない。
【小林】:: ロシアでは、外国記者が何人も殺されていますよね。
中国の場合、生命を奪うことまではしない。
私も21回拘束されたものの、ほとんど1時間以内に解放されている。
一番長かったケースでも8時間です。
【中村】:: 東アジアは総じてやさしいですよね。
ヤバイのはアフガニスタン以西。
高価な時計を外し忘れて寝てしまうと、朝、腕ごと切り落とされていたなんていう話を聞きます。
■共産党には、なんともいえない「ゆるさ」がある
【小林】:: 警察署に連行されても、ソファに座らされ、お茶をいれてくれる。
地方の警察や役人たちは、現場で怪しい人物を見つけたら習慣的に「まず捕まえろ」となります。
ただ、身柄を拘束してみたものの、パスポートに取材ビザはあるし、正規の記者証を持っているし、違法行為はしていない。
「これはまずい」と焦るわけです。
なにしろ、外国メディアには表向き取材の自由を認めているわけですから。
拘束した時とは打って変わって、機嫌を損ねずに帰ってもらわなければという必死の姿勢が感じられますね。
そうなると、「あなたの身の安全のために、お連れしました」などと言い訳がましいことを言い、中には「空港までお送りするので北京にお帰りください」というケースもありました。
取材はされたくないけど、下手に手出しもできない。
厄介者は追い払うに限る、というわけですね。
日本人は共産党というと、厳格なイメージがあるのですが、
中国の共産党には、なんとも言えない「ゆるさ」があるのです。
【中村】:: たしかに。習近平国家主席は、国内の治安維持強化のために「情報統制」にも力を入れていると言われていますが、ただ、中国の都市部では、月1000円程度で違法ネット接続し、統制されていない情報に自由にアクセスできている環境が常態化しています。
VPNと言ったかな。私もそのサービスを使って、北京からフェイスブックやツイッターに投稿したりしています。
そういったサービスが何十種類もあります。
【小林】:: 現在の共産党にとって、最大の敵はインターネットでしょう。
テレビや新聞は完全にコントロール下に置くことができています。
記事を出す前に検閲もしますし、問題のある記事が出てしまえば処罰もします。
ただ、インターネットは完全にコントロールはできません。
それでも、ネット上に少しでも共産党にとって都合の悪いニュースが出てくると、すぐに当局によって遮断されてしまいます。
フェイスブックやツイッターなどは、そもそも中国国内では接続できないようにしています。
実際には、中村さんのように、その網をくぐり抜けて閲覧している人もいますけどね。
とはいえ、VPNも当局がモグラ叩きのように潰しにかかって面倒なので、中国のネット・ユーザーたちはレンレンワン(人人網)やウェイボー(微博)といった中国版のフェイスブックやツイッターを使っています。
中国企業のサービスなので当局に監視されていますが、政府批判などの内容でなければ問題なく使えますから。
【中村】:: レンレンワンやウェイボーでは、アダルトを見ることはできませんね(笑)。
なのに、みな、日本の蒼井そらを知っている。
ということは、やはり、違法ネット接続サービスも横行しているということではないでしょうか。
もうインターネットはごまかせない。
取締りの手立てがないのでしょうね。
■ジャーナリスト精神に目覚めるメディア、背後に競争も
【小林】:: このところ、中国のメディアにも変化が見られます。
情報を発信する側の意識が高くなってきているように感じます。
ジャーナリスト精神に目覚めて、
「政府や共産党の提灯記事ばかり書かされるのはもうご免」
という空気も生まれてきています。
メディア間の競争も激しくなっていて、提灯記事のようなつまらないものばかりでは、国民から見向きもされなくなっているという現状もありますね。
経済が発展したことと、留学や海外旅行などで外国に触れる国民が増えてきているからでしょう。
【中村】:: 中国では広告のマーケットが急速に拡大しているので、国民の要望に応えられない記事や番組は淘汰されるという流れができつつありますね。
生き残りのために、国民に受ける記事や番組をつくっていくしかありません。
【小林】:: 最近、中国の「PM2.5」の問題を告発するドキュメンタリー映像がネット上で公開されて話題となりましたよね。
制作したのは、中国国営テレビであるCCTVの元人気キャスターです。
柴静という39歳の女性ですね。
彼女は大気汚染が深刻な現場や専門家へのインタビューを重ねて、問題を告発する100分ほどのVTRを制作しました。
その映像が、中国版「You Tube」である「優酷」などで公開されると、ネット上で瞬く間に拡散しました。
再生回数は2 日間で1億回を超えたとも言われています。
中国政府は当初黙認していましたが、あまりの反響に削除を命じたようです。
また、私の知り合いで、やはりCCTVの社員だった30代の男性が、最近、独立して番組制作会社を立ち上げました。
「中国での日本に関する報道の仕方に疑問を持っている」
と言うんです。
「実際に日本を訪れて、自分の目で見た日本の姿を中国でドキュメンタリーとして伝えたい」
と、気合が入っています。
テレビで放送するのは不可能なので、やはりネットでの公開を想定しているようですね。
こうした事例が相次いでいることが、「変わりつつある中国のジャーナリズム」を象徴しているように思います。
■ネットの取り締まりは「いたちごっこ」
【中村】:: 今後の中国のメディアはどうなるのでしょうか。
自由化に向かうのでしょうか。
【小林】:: 非常に難しい質問ですね。
先に述べたように、メディア側のジャーナリズム意識は高くなっているし、国民の要求も高くなっている。
一方で、習近平国家主席はこれまで以上にメディア統制を強めています。
中国の国民は新聞やテレビの報道を信じず、ネットの情報を頼るようになっているので、当局はネットの取り締まりもさらに強化していくでしょう。
しかし、ネットの取り締まりはいたちごっこ。
海外からも発信できるので、完全に取り締まることはできません。
そのため、取り締まるための財政コストは増え続けていくでしょう。
国内の治安維持のために公安の予算や人員を増やし続けているのと同じですよね。
統制を強めれば強めるほど国民の反発にあい、より統制を強めざるをえないというジレンマを抱えています。
いずれにしても、自由な情報を求める国民の声はますます大きくなるでしょうし、自由な情報を獲得する手段もますます多様になるでしょう。
したがって、中国政府が国民を情報統制していくことは、いま以上に困難になっていくのは間違いないでしょうね。
(第2回に続く)
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