2015年4月15日水曜日

中国とロシア:中露の真の同盟はあり得ない、「両雄並び立たず」の関係、

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JB Press 2015.4.15(水) 樋口 譲次
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43503

中国とロシアの溝を掘って掘りまくれ!
大国意識をくすぐれば間違いなく対立へ向かう両国

■「恐怖、利己心(利益)、名誉」で動く国際社会

 国家の自己認識は、個人も同じであるが、他国との比較(相関関係)あるいは相対性の上でなされ、自己実現を図って行く傾向が強い。

 古代アテネの歴史家ツキジデスは、その不朽の名著『戦史』の中で、
 国家を動かす「恐怖、利己心(利益)、名誉」の3つの属性を指摘した。
 これらの属性が絡み合い、相互作用することによって、常に他国に対する優越を求めようとする力が働くため、絶え間ない摩擦・軋轢や衝突・紛争の世界を生み出してきた。
 特に、大国間にあっては、覇権獲得の激しい争いが繰り返されてきたのが人類の歴史である。

 『大国政治の悲劇』(奥山真司訳、五月書房)の著者である米シカゴ大学教授ジョン・ミアシャイマーは、オフェンシブ・リアリズム論の提唱者として知られる。
 その著書によると、国家を超越する権威を持たない無政府状態の国際社会では、
★.国家は互に「恐怖」の認識を強く持ち、その中で生存を確保しようとする大国は現状の勢力均衡に満足せず、
★.覇権の最大化を目指す
と説く。

 前掲書には、「米中は必ず衝突する!」との刺激的なサブタイトルが付けられているのも、そのことを意味している。
 今日の国際社会では、「名誉」ある大国の地位を確立し、優越を求めようとする
 米国、中国、そしてロシアの3か国の存在が際立っており、
 これらの相関関係が今後のアジア太平洋・インド地域さらには世界の情勢を左右する基本要因である。


●図

 単純化すれば、上図のように米中間は対抗から対立に向かいつつある、
との認識が高まっている。 
 欧州では、ウクライナ問題をきっかけに欧米(NATO=北大西洋条約機構)とロシアの対立が鮮明となり、長期化するのではないかと懸念されている。

 その中で、中露は、現在、協調・連携を保っていると見なされているが、果たして今後、両国の関係が現状維持で推移するのか、あるいは変容して行くのか、その行方が本地域の将来の方向を決めるキー・ファクターになるは間違いなさそうだ。

■米国一極支配への対抗目的で設立された「上海協力機構」

 中国が主導した「上海協力機構」(SCO)は、同国と大陸正面で国境を接するロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタンによる「上海ファイブ」(1996年結成)を基礎として、シルクロードを制する中央アジアの雄ウズベキスタンを加えた6か国によって2001年に設立された。

 その目的の第1は
 多極化の推進であり、その点で中露の「利害」が一致したことによる。
 大国としての意識が強く名誉を重んじる中露は、国際社会における米国との対等な関係を求め、その一極支配に反対し、対抗勢力として結集したのである。
 第2は
 特に中国側から見て、「上海ファイブ」を前身として設立されたことから明らかなように、大陸正面での国境問題を解決することであった。
 そこには、「中華民族の偉大な復興」の国家目標に奉仕し、「富強大国の建設」に寄与する国際安全保障環境の創出と経済発展を可能とする海洋進出の地政学的条件を整える中国の戦略が込められている。

 大国ロシアは、欧州正面を主戦場とした東西冷戦の敗者となり、その力と影響力を急速に衰退させた。
 東欧および中央アジア諸国の独立にともなって
 周辺の衛星国を失ったロシアは、国家の重心を北東へと移動する破目になり、相対的に東アジア重視へとシフトした。
 その政策は、以下の3点を睨んだものである。
(1).一極支配を強めた米国と台頭する中国との大国間政治の観点からの東アジアへの関与
(2).東方領域における脆弱性、特に東アジアの中心的位置を占め、長大な国境を接する大国中国に対する脆弱性の認識とその克服
(3).欧州正面の代替として、21世紀の経済成長の中心であるアジア太平洋地域における発展的展望

 一方、鄧小平のイニシアティブで始まった大国としての復興を目指す中国は、一貫して、米国一国による世界覇権に反対する立場を堅持してきた。
 同時に、長い「対立と相互不信」の歴史を重ねてきたロシアおよび西方辺彊における少数民族・分離独立問題などの不確実性に対し、大陸方面における地域安全をヘッジして海洋方面へ進出するための戦略環境を整備・維持する重要性を認識していた。
 また、ロシアから一定の武器輸入を継続して軍事力の増強近代化を促進するとともに、資源エネルギー大国であるロシアからの石油・天然ガスの安定的供給を確保しつつ、極東ロシアをはじめ、「ロシアの裏庭」である中央アジアへと経済的拡大を図り、影響力を強化しようとの狙いである。

 両者は、お互いに深い猜疑心と警戒感を持ちながらも、「上海協力機構」という多国間協力に向かわせた主要な動機は、反米で共闘する利益を確認したことによるものであった。

■「上海協力機構」設立から10数年後の中露の現実

 今日から見た「上海協力機構」設立の意義は、やや薄らいできたようである。
 と言うのも、「上海協力機構」は中露のバランスを保持しながら、米国の一極支配を打破して世界の多極化、つまり3極化を図るとの共通認識の下に成立したと理解される。
 しかし、驚異的な経済発展を背景に軍事力の強化に奔走する中国は、ロシアの弱体化を尻目に、政治・外交、経済、軍事等のあらゆる面で、米国との2国間競争へと突き進んでいるからである。

 東シナ海、南シナ海への既存の国際秩序を無視した海洋進出はもとより、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立、BRICS開発銀行や海と陸のシルクロード構想(一帯一路)など、地域覇権の確立と国際社会への影響力の拡大に注力し、米国との対立軸をいよいよ鮮明にしている。
 その延長線上には、米中2極化(G2)を経て長期的に対米優越を求める世界覇権の野望さえも視野に入れているのではなかろうか。

 他方、ロシアは、クリミア併合・ウクライナ介入によって、欧米(NATO)との冷戦の再燃が懸念される状況を生じさせている。
 その本質は、基本的にユーラシア国家であるロシアが、これまで西欧への接近あるいは西欧化を試みてきたが、そこには<融合し難い壁>が厳として存在するとの再認識があるようだ。
 「冷戦の再燃」と言われるゆえんである。
 そして、ウラジーミル・プーチン大統領のロシアは、国境沿いに緩衝地帯を確保することに執心しつつ、旧ソ連地域を自国の「勢力圏」と考え、「ユーラシア連合構想」の下、「民族自決」を旗印に親露勢力を糾合し、大国ロシアを中心に旧ソ連諸国を再結集して<強いロシア>の復権を図ると見られ、欧米との対立は長期化の様相を呈してきた。

 中露とも、対米あるいは対欧米の観点から、お互いに協調・連携を維持強化したい半面、大国同士による競争や覇権争いによる対立、すなわち「大国力学」が動き出す可能性は否定できない。

 さらに、国境地域の共有に伴う必然的な作用によってその関係に大きな影響を受け、国境線(領土・主権)への相互圧力、国境線を跨いだ少数民族の分離独立の動きや資源エネルギー問題、経済格差にともなうヒト、モノ、カネの移動など影響力の浸透・拡大、テロや麻薬の密輸などの不法行動など様々な問題、すなわち「国境力学」再燃の恐れを抱えている。

 以下に列挙する事項が、それらの具体的な一例である。

(1).中露の力関係の変化にともない、中朝の<穏やかならざる関係>や中越の敵対的関係を踏まえて、
 ロシアには北朝鮮への急接近やベトナムとの防衛協定締結を通じたプレゼンスの確保など、
 対中態勢を考慮した独自路線を模索する動きが見られる。

(2).ロシアは、中国による軍事技術の流用や軍事力の増強近代化を懸念して、
 戦略攻撃用兵器の輸出や高度軍事技術の移転を差し控えるようになっている。

(3).中国には、弱体化した清朝が北京条約(1890年)によって沿海州をロシアへ割讓し、国境線の圧縮を強いられたとして、失地回復の意思が潜在している。
 一方、ロシアは、近年、極東地域への中国の経済的浸透とそれに伴う中国人の流入に脅威を感じている。
 中国が強大化し、ロシアが相対的に弱体化した今日、再び国境線に圧力がかかって外交的調整を必要とする状況になりつつある。

(4).地球温暖化の影響によって、北極海の氷が急速に縮小しており、ロシアは、同海における新たな航路や海底資源の開発に力を入れている。
 これに対して中国は、2008年、デンマークと「包括的戦略パートナーシップ」を締結し、グリーンランド(デンマークの自治領)の鉱物・石油資源開発に意欲を示している。
 2012年7月には、北極海横断を目指す中国の砕氷調査船「雲竜」が宗谷海峡からオホーツク海へ入った。
 また、北極海沿岸8か国で構成する北極評議会(Arctic Council)が1996年に設置され、2年に1回のペースで閣僚会議が開かれている。

 2013年、日本などとともに中国はそのオブザーバー国になるなど、北洋海域での拡張的かつ対抗的な動きを見せており、当然ながらロシアは警戒感を強めている。

■アジア太平洋・インド地域の力学構造

 アジア太平洋・インド地域において、中国を中心とした主要国との力関係を分析すると、下図のように整理することができよう。


●図

★.中国とロシアは、基本的に大陸国家であり、一部海洋に面した沿岸地域を有する、
 いわゆる両生類国家の地政学的特性を併せ持ち、共産党一党独裁ないしは強権支配体制をとっている点で共通性がある。

★.他方、米国、日本、オーストラリアは、基本的に海洋(島嶼)国家である。

★.インドは、インド亜大陸の大部分を占める大陸国家と見なされているが、
 東をベンガル湾、南をインド洋、西をアラビア海に面して開かれ、3方向にわたって海洋沿岸地域を有する両生類国家の特性を強く持つ。

 この4か国は、いずれも自由、民主主義、人権、法の支配という普遍的価値を共有している。

このように、アジア太平洋・インド地域は、国家的特性の上で、
 中露グループ(「大陸国家グループ」)
 日米豪印グループ(「海洋国家グループ」)
に大別され、それが
 異質性として基本的対立軸を形成
している。

 大陸国家グループの中国とロシアの間は、大国力学と国境力学による必然的かつ潜在的な対立要因件を抱えている。
★.中国と海洋国家グループとの間では、
 米国と大国力学、
 日本と国境力学、
 インドと国境力学
による対立がある。
 将来インドが大国化すれば、さらにインドとの対立要因が強まることになる。

 オーストラリアは、ASEAN(東南アジア諸国連合)という緩衝地域があるため、直接的な脅威に晒されてはいないが、
 ASEAN地域が中国に呑み込まれるにつれて国境力学が働くことになり、それを恐れての対応行動をとっている。

 同時に、中国周辺諸国は、グループのいかんにかかわらず、
★.中国経済の発展的展望による利益追求(利己心)の欲求から協調・関与に向かう経済的ベクトルと、
★.覇権的拡張の動きを強める中国への安全保障上の脅威(恐怖)に対して警戒・ヘッジしなければならないという地政学的ベクトル
とを併有しており、その間で揺れ動く葛藤・ジレンマが、共通的課題となっている。

 この中で、
 中国との異質性を明確に認識している海洋国家グループは、相互に戦略的協力・連携を強めている。
 問題は、現在、協調・連携関係にあるとされる大陸国家グループの中国とロシアの今後の動向であり、それを見定めることが、本地域の安全保障・防衛戦略や政策を構想する上で、欠くべからざるテーマということになる。

■中露の真の同盟はあり得ない/「両雄並び立たず」

 中露関係の将来については、次の3点が考えられよう。

(1).完全な戦略的連携、言うなれば相互防衛の同盟関係
(2).限定的な戦略的連携
(3).対抗・対立関係

 両国が(1)完全な戦略的連携に進めば、それは東西冷戦を再現するような事態になり、欧州を含めた海洋国家グループにとっては最悪のシナリオとなる。
 しかし、ロシアは、欧州と極東での2正面作戦を同時に戦うことはできない。
 中国も同じで、「上海協力機構」創設には、海洋進出のための後方(大陸正面)の地域安全を確保する狙いがあったことを再確認しておきたい。

 両国は、東西冷戦下のアジアにおいて、ソ連が中国共産党の大きな役割を認めたこと、中国が自主独立路線を強めたこと、そしてスターリンと毛沢東の確執や猜疑心などから、同じ陣営内でありながら「中ソ対立」を激化させた苦い経験を忘れるはずはない。

 また、「タタール(モンゴル)のくびき」にはじまる東方/中国からの脅威を阻止することがロシアの極東進出の大きな理由でもあったことなど、両国間には「対立と相互不信」の長い歴史が横たわっている。

 さらに、ロシアが何としても中国の後塵を拝することを望まない大国としての誇りや名誉心(大国力学)、そして前記の国境力学などが作用して、(1)のシナリオを肯定するよりも否定する多くの問題点が指摘される。

 つまり、「両雄並び立たず」の通り、中露の真の同盟関係構築の可能性は低いと見るのが至当ではなかろうか。

 では、中露の(2)限定的な戦略的連携についてはどうか――。

 欧州正面においてウクライナ問題などを抱えるロシアが極東の地域安定を欲し、
 海洋進出を図る中国が大陸正面の地域安全を確保する必要から、両国が協調・連携を求めることには、それ相当の理由がある。
 そして、このままウクライナの事態が長期化すれば、ロシアは極東方面へ関心と力を注ぐことが難しい。
 他方、中国も海洋正面への進出には、全力を傾注せざるを得ないため、両国とも後方の地域安全を相互に依託し合う限定的な戦略連携に止まらざるを得ないだろう。

 その結果、海洋国家グループにとっては、中国が引き続き大陸正面の地域安全を確保できることから、その海洋進出の動きに歯止めをかけることができない。
 同時に、後方(大陸正面)から中国の海洋進出を拘束あるいは牽制・抑留する役割へとロシアを誘導することもできない。

 (1)の否定的理由に挙げた諸問題によって、両国には(3)対抗・対立関係に向かう可能性が残される。
 この場合、中国は、宿痾としての「包囲への恐怖」が甦り、大陸正面からのロシアの脅威に相応の対処行動をとらざるを得ない。
 このため、両国の対抗・対立は、ロシアの圧力による中国の海洋進出に対する拘束、牽制・抑留の役割を十分に期待することができ、海洋国家グループにとっては最も望ましいシナリオとなる。

■「恐怖、利己心、名誉」を基礎とした対露・中戦略を構築せよ

 欧州正面において、ロシアがクリミア併合・ウクライナ問題で足を取られ、欧米などの制裁や国際原油価格の急落を受け、通貨ルーブルの下落、物価高騰、景気低迷、雇用削減など、外交・経済情勢が悪化を続ける状況は、我が国に対ロシア・対中国戦略を再構築する好機をもたらしているのではないか。

 ロシアは、「9.11」以降の対テロ戦で、中央アジアにおける米国の基地使用を認めるなどの便宜を計り、欧米諸国と足並みをそろえようとした。
 しかし、そのことを顧みず、NATOが東方拡大を続け、軍事力がロシア国境へ接近していることへの苛立ちと恐怖心を募らせてきた。
 ロシアにすれば、大国としての立場を否定する動きと映るのも、一概に否めないことである。

 そこで、欧米(NATO)諸国は、ロシアの緩衝地帯あるいは勢力圏に関する主張に一定の理解と、名誉ある大国としての立場を尊重する妥協的姿勢を示すことが必要ではないか。
 その上で、すみやかに複雑化したウクライナ問題を解決して地域の安定化を図り、欧州正面で対立から平和共存への仕組みを再構築する。

 そして、極東ロシア開発に強い意欲を持つロシアの力を本方面に向けさせれば、東西冷戦下の中ソ対立が象徴する「対立と相互不信」の長い歴史、大国力学、国境力学などが作用して自ずと中国との協調・連携は壊れ、相互の警戒感は高まって対抗・対立が表面化する可能性が生じる。

 中国の海洋進出を後方から拘束あるいは牽制・抑留するカウンターバランスの役割を果たすことができるだろう。
 日米をはじめとする海洋国家グループは、その弱点を突くべきである。

 東西冷戦の西側対ソ連がそうであったように、自由、民主主義などの普遍的価値観と利害を共有して、協力・連携を強めつつある日米豪印を合わせたGDP(25兆772億ドル)と中国のGDP(9兆1814億ドル)を比べた場合、中国一国をもって海洋国家グループに優越する力を持っていないのは明らかだ(カッコ内数値は2013年の名目GDP)。

 さらに、欧州(NATO)が加われば力の差は歴然となり、もし、米中冷戦が顕在化したとしても、中国はソ連の二の舞を演じることになる。
 さらに、後方のロシアから包囲環を閉じるように影響力を及ぼせば、中国の海洋進出を封じ込める確かな態勢が整うことになろう。

 このため、我が国は、欧米とロシアの間に立って、主体的に緊張緩和のため外交努力を行うとともに、極東ロシアの経済開発を効果的に支援すれば、対中戦略態勢の強化につながるとともに、北方領土問題の解決の糸口も見えてこようというものである。

 改めて世界の歴史を振り返ると、国際社会では、
★.優越を求める勢力と対等を求める勢力、
★.現状維持を図る勢力と現状打破を図る勢力、
★.権力の地位にある勢力と弱者の立場に置かれ逆襲や復権を図る勢力、
あるいは
★.先進勢力と新興勢力
など、さまざまな角度からの対立・抗争の歴史が繰り返されてきた。

 このような動きは、今後の国際社会においても、果てしなく続いて行くように思われる。
 我が国は、無政府状態の国際社会では国家よりも上の権威を持つアクターが存在しない現実をしっかりと踏まえ、ツキジデスが指摘した「恐怖、利己心(利益)、名誉」の3つの国家属性を基礎としたリアリズムの観点から、現実的な外交・安全保障戦略を構築して行かなければならないのである。








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